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○ 危険なオスプレイくるな 静かな空実現を"

安全な生活とくらし求めて 第2次新横田基地公害訴訟
清水幸一原告団事務局長

 5月11日に米軍は横田基地へのCV22オスプレイ10機の配備を発表しました。長い間騒音被害を受け続けてきた横田基地周辺の住民はあらたな危険にさらされようとしています。7月16日の平和共同取材では、第2次新横田基地公害訴訟の原告の清水事務局長に、これまでのたたかいと被害実態をききました。(文責・見出し「けんせつ」編集部)


横田基地から爆撃へ
つねに米軍の戦争と直結

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すぐ近くに福生市などの市街地が広がる横田基地は沖縄の普天間基地と同じく世界一危険な飛行場である

 1940年に立川飛行場の補助飛行場として、主に陸軍の戦闘機のテスト飛行場にと建設された横田飛行場が、横田基地のはじまりです。
 戦後、アメリカ軍が接収し朝鮮戦争時には、B29が朝鮮半島に爆弾を落としに行く中で、基地の北側、今の入間市の金子という所にB29が墜落し、地元住民を巻きこむ惨事が起きるなど、墜落事故が非常に多く起きました。
 当初、滑走路の長さは1200メートルでしたが、今は3300メートル、周辺の鉄道や道路をいくつもねじ曲げ、(5市1町にまたがる)基地になりました。
 朝鮮戦争後はベトナム戦争です。70年代初頭はファントム戦闘機が6~8機、夜11~12時ごろ横田基地を飛び立ち、帰ってくる。これが契機になり、最初の裁判が行なわれました。そして、イラク戦争、アフガン戦争など戦争が起こるたび、基地の動きが非常にあわただしくなります。
 現在、横田基地には在日米軍司令部と第5空軍の司令部が置かれ、主な任務は輸送です。また、自衛隊と共同使用し、航空自衛隊の総指令部もあります。
 そこの統合運用調整所の取り決めでは、航空自衛隊が得た情報は、すみやかに米軍に渡し、米軍は教えてもいいと思う情報は航空自衛隊に教える、ようするにこちらは全部情報を出すけれど、米軍は限られたものしか出さない、本当に従属国の軍隊だと思うわけです。これが横田基地の成り立ちであり、今日までずっと、戦争と直結した飛行場であったといえます。
 余談ですが、アメリカ人と結婚した私の娘が震災の翌年に子どもと里帰りしようとしたら、原発事故を心配した向こうのご両親が「日本はどうなっているんだ」とロサンゼルス市役所できくと、「日本で原発事故が拡大したり、朝鮮半島で戦争が起こったら、日本にいるアメリカ人は優先的に航空チケットが割り当てられる、あなたたち親子は、横田基地へ逃げ込みなさい、アメリカ合衆国の軍隊が必ず安全に本国に連れ帰ってくれる」。娘が「近くに父と母が住んでるんです」というと「それはあきらめなさい」と。
 ですから、安倍総理が集団的自衛権行使の例で赤ちゃんを抱いた日本のお母さんをアメリカ軍が保護した時に、その船は日本の自衛隊が守らなくていいのかという話は、絶対にあり得ないのです。


危険も被害も放置の国
家族の団らんを返せと提訴

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横田基地に飛来するオスプレイ
(羽村平和委員会提供)

 そういう中、第2次新横田基地公害訴訟は3度目の裁判になります。1度目裁判(1976年)であまりにベトナムへ向かうファントムの爆音がひどいので、夜間飛行の差し止めと損害賠償を求め提訴し、騒音については違法と最高裁で判決が確定ました。
 違法状態にはランクづけがあって、WECPNL(うるささ指数、以下W)で、これまでの裁判では75~80W未満は月額3000円、80~85W未満が月額6000円、85~90W未満が月額9000円、90W以上が月額1万2000円と認められています。
 第1次新横田基地公害訴訟(1996年提訴、原告6000人)でも、騒音被害を認める判決が確定しましたが、夜間飛行差し止めは再び認められませんでした。けれど、国がまともな対策をたてずに放置したため、高裁の裁判官は「この状態は法治国家のありようから見て、異常な事態だ。立法府は怠慢のそしりを免れない」と言及しました。しかし、「ではどのように止めるか」に踏み込んだ判決はまだありません。「飛んでいるアメリカの飛行機には、日本の主権も法律もおよばない」のが裁判所の見解です。
 厚木基地の騒音被害をめぐる裁判では、厚木は自衛隊との共同使用ですが、自衛隊に夜間飛行の差し止め判決が横浜地裁で出されました。(7月30日に高裁も同様の判決)これは非常に大きく、いくら国防という大義名分あっても、日本の飛行機なら、違法なことはやめよという裁判所の最低限の判断と思います。

テレビ番組は口をパクパク

 では、実態として、どれぐらい飛んできて、飛んでくるとどうなるのか。
 6月29日~7月1日に3日連続で20時から21時まで、1時間測定をしました。もちろん真っ昼間からガンガン飛んでいます。結果は、1時間の間に平均17回、合計で52回も飛んできています。
 東よりにくると大体わが家の真上を通ります。そうするとテレビを見ていて、八代亜紀が口をパクパクで、何を歌っているかさっぱり分からない演歌番組になってしまう、野球中継もそうです。それから隣近所で世間話を始めても、飛行機がくれば、あうんの呼吸で飛びさるまで会話を中断、そんな騒音状況です。
 住宅の防音工事としては、家の壁をはがし防音材をつめたり、頑丈なサッシにとりかえたりします。わが家は税金でつけていただいたエアコンが3台入っています。しかし、防音工事をしても「八代亜紀が口をパクパク」ですから、せいぜいリフォームぐらいの効果しかないと、今までは防音工事をした部屋の数により損害賠償額が減額されていたのが、高裁判決では、一律1割の減額になりました。これは、われわれの運動の成果と思っています。

救済の範囲ももっと大きく

 そして、第2次新横田基地公害訴訟(2013年提訴・原告1078人)の目的ですが、私たちは一日中飛行機が飛ぶなというのではなくて、せめて家族団らんの夜7時から翌朝7時まで、飛ばさないでくれと。
 また、防衛省が(75W以上の騒音被害区域と)指定したコンター(等高線)の外の地域に住む八王子や日野などの方も原告に入りました。
 これまでは、このコンター外だと損害賠償が認められていなかったのですが、飛行機は、飛び立つだけでなく、基地のまわりをぐるぐる旋回もするわけです。するとコンター外に住む住民からも苦情がたくさん出ていて、武蔵村山市のほうは、ヘリコプターの旋回飛行訓練のルートになっているので、おそらくオスプレイもそれに準じたルートで飛ぶと予想しています。
 そういう中でずっと裁判を続けてきて、いよいよ国の理屈が通らなくなり、今や国は引き延ばすだけ引き延ばす戦法に出ています。
 私たちはオスプレイ反対の署名とともに、早期に裁判所に判決を書かせる運動を強めていきます。(了)

すべてを閉めきり
1日すごせと防音工事

 国のいう防音工事とは、雨戸を閉め、ガラス戸を閉め、カーテンを閉め、ドアを閉め切り、エアコンをかけて1日中過ごせということです。
 たとえば他の交通手段だと通る時間は決まっていますが、軍用航空基地だといつ飛行機が飛んでくるかわかりません。
 高裁で現場検証の際には、国が「防音工事をするとこんなに防音効果が高いんだ」といってほしかった国側の証人が、裁判官に「いつ来るかわからない飛行機に合わせ、そんなことできるわけがない」といってしまった経緯もあります。

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事故率3倍のCV機10機を配備
各地で低空飛行訓練
400人の特殊部隊も追加

 CV22オスプレイは2017年に3機、2021年までに7機が横田基地に配備されます。海兵隊のMV22オスプレイは海兵隊員や補給物資を運ぶのが主目的ですが、CV22は特殊部隊を敵地にひそかに運び、収容する目的のため、超低空訓練や暗視装置を使った夜間訓練を行ないます。CV22がMV22の約3倍の事故率となっているのは、そうした危険な訓練が原因であると指摘されています。
 重大なのはオスプレイと一緒に横田基地へ400人の特殊部隊が追加されることです。特殊部隊は敵地で偵察、破壊活動、暗殺、拉致などを行ないます。横田基地ではすでに特殊作戦機による低空飛行訓練など危険な実践的訓練が強化され、CV22とともに追加される特殊部隊によってさらに危険となります。
 当初、沖縄嘉手納基地配備とされていたCV22が、なぜ横田基地に変更されたのか。沖縄普天間基地にMV22を配備したところ、地元の反発が激しく、嘉手納基地も反発が予想されること、沖縄のような平坦な島では谷間を縫うような低空訓練ができないことなどがあげられています。
 横田基地のCV22は米軍の飛行訓練経路のうち、山形県と新潟県の県境から福島県、群馬県、長野県から岐阜県に到るブルールートの使用が考えられます。このルートには越後山脈や飛騨山脈がつらなり、谷間をぬって飛行する訓練に適しています。日本の航空法では地表または水面から150メートル以内の空域は飛行できませんが、実際は危険な低空飛行が繰り返されています。
 市街地に隣接する横田基地で低空訓練や夜間訓練がひんぱんに行なわれるだけでなく、ブルールートでの低空飛行で新潟県から岐阜県一帯も危険にさらされます。日本の広い範囲で重大事故を起こす危険性をはらむオスプレイ配備は許すことはできません。


町田米軍機墜落を語りつぐ平和像を
キーン音消えドスン
家屋燃え4人死亡32人負傷

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今は駐車場になった墜落地点を
指さす宮嶋さん

 1964年4月5日、午後4時28分ころ、国鉄横浜線原町田駅(当時)から約300メートルの原町田1274番地(現・原町田2丁目)に、嘉手納基地から厚木基地へ向かっていた米海兵隊岩国基地所属F8U‐2クルセイダー戦闘機が故障、高度約1800メートル上空から墜落しました。
 乗員はパラシュートで脱出しましたが、民家4棟が吹きとび、機体の破片は半径50メートル四方にとび散り、戦闘機の燃料への引火で、付近の家屋が延焼。死者は4人、重軽症者32人にのぼり、建物は全壊7棟、半壊5棟、部分壊15棟におよびました。
 戦闘機のエンジンは土中深くめり込みましたが、当時の専門家による「土中20メートル位の深さにあるエンジンは証拠能力があまりない」という意見で発掘を打ち切り、現在も埋もれたままで、住宅等は建てられず、周辺は駐車場になっています。
 事故の翌日、町田市は日本政府とアメリカ政府に抗議する決議をあげ、4月20日に要請書を提出していますが、4月10日には東京都商店街連合会と町田市商店会連合会の連名で「今後再びかかる惨事を惹起せぬため、全国の商店街上空はもとより住宅密集地帯の上空の飛行を一切禁止するよう」と要請しています。
 現在、墜落現場付近で写真館を営む宮嶋良政さんは、当時の状況を「家の裏の空き地にいたとき、キーンという戦闘機の音が消えて3つ数えたくらいにドスンという音がして、あたりに土ぼこりが舞い上がった」と語り、現地を案内してくれました。ジュラルミンの戦闘機の破片を拾ったが、米軍の指示があり、返してしまったということもあったそうです。

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町田市で建立をめざす平和像(足立正恒さん提供)

 平和像建立の運動は2013年9月から始まりました。「事故を語り継ぎ、平和な空を取り戻そうと平和像建立実行委員会が自然発生的につくられた」と世話人代表の小川政則さんは語ります。
 同事務局の奥村憲雄さんは「150万人が住むところに70年間も厚木基地がある。騒音問題も未解決。平和像建立の募金は500万円目標で280万円集まった。公共の土地に建立するため、町田市に要請しているが、墜落事故は空襲や原爆とは違うという返事だ」と市の対応など困難な状況もあるといいます。
 同実行委員会では愛の母子像を建てた横浜米軍機墜落事故をめぐる運動などに学び、募金や町田市に向けた要請を強化していくといいます。



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