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○ 軍医学校と人骨問題/沖縄と日本を考える

軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会 鳥居靖事務局長

 7月19日、平和共同取材を行ない、「軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会」事務局長の鳥居靖さんから「軍医学校と人骨問題」、沖縄タイムス東京支社報道部部長の宮城栄作さんから「沖縄と日本を考える」と題する講演を聞きました。講演の一部を紹介します。(記事、見出しとも責任は編集部)

731部隊の関連か
陸軍軍医学校の跡地から

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発見された人骨、上は鋸断、下はドリルでの穿孔がある

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 1989年の7月、新宿区戸山の国立予防衛生研究所(現在は、国立感染症研究所)の建設現場で多数の人骨が発見されました。
 実は新宿区は弥生式の住居跡が広がっていた所で、大きい建物を建てる時には必ず遺跡調査が入ります。この時にも戸山遺跡調査会が東京都と新宿区で組織されて発掘調査をやっていたのですが、骨が見つかったのはその調査現場から少し離れた所でした。戸山遺跡調査会の人によれば、これはいわゆる古代の遺跡に関するものではない。つまり古代人の遺骨ではなく、陸軍の薬きょうが見つかったりしているのですが、むしろ戦争に関係あるものだろうということです。
 ここは戦争中、陸軍軍医学校があった場所で、その中には防疫研究室がありました。防疫研究室は戦時中旧満州で細菌兵器開発や人体実験を行なった731部隊などの防疫給水部隊を統括していました。このような経過があったので、731部隊に関係のある骨ではないか、そういう標本ではないかと究明活動が始まって27年になります。

穿孔、鋸断、銃創が確認

 市民運動ではそれぞれ要求を出したり、声明を出したりしてきたのですが、1990年4月に全体がまとまり、「軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会」が発足します。新宿区との話し合い、厚生省との交渉と活動して続いていたのですが、91年には訪中団を結成しました。731部隊の遺族と会い、厚生省に対する要求と日弁連に対する人権救済申し立てという形でお話を聞いて帰ってきました。帰国した時に朗報が待っていました、新宿区が鑑定にこぎつけたと。札幌学院大学の佐倉朔教授が引き受けてくださったというのです。
 1992年の佐倉さんの鑑定結果は、(1)土中経過年数からすると戦中のものだろう、(2)恐らく100体以上あるだろう、(3)複数の人種を含む。日本人だけのものではなく朝鮮系あるいは中国系のものが含まれている。中に1体コーカサス系(ロシア人なのかわかりませんが)もある、(4)10数個の頭骨に人為的加工の痕跡がる。目的は恐らく手術の予備実験か練習である、(5)刺創、切創、銃創が認められる、(6)四肢骨に鋸断痕があるというものでした。

国が埋葬、保管、決断
焼却差し止め敗訴するが

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国立感染症研究所(1989年、当時の国立予防衛生研究所建設現場から人骨が発見された)

 新宿区は区長が変わっていたということもあり、焼骨予算をあて始めたのです。一方、厚生省の方が調査を約束します。それが1992年のあたりの話です。1993年に私たちはその骨の焼却を差し止めるための裁判に踏み切ります。これはだいたい1年ぐらいで地裁、高裁と負けていくのですが、95年に731部隊の犠牲者遺族の方が日本政府に国家賠償請求訴訟裁判に踏み切ります。
 私たちの活動はもう1つは厚生労働省交渉。小泉内閣の時に実は人骨の保管を決定するのです。これ厚生労働省の英断なのですが。それにはわれわれが話を忘れないように、毎年、厚生労働省とあるいは厚生省と交渉してきました。2000年に人骨焼却差し止め訴訟が結局敗訴するのですが、裁判が終わった後に厚生省も新宿区と協議したようです。厚生労働省が中間報告書をまとめました。そこには731部隊との直接の関連は見られないが、多数の標本があったことは事実で、それが中国から運ばれたものということもあったであろうという証言が出ていました。
 今後の対応のところが素晴らしい。人骨については国が処分した人体標本に由来すると推測されることを踏まえて、国が埋葬およびそれまでの間の保管にあたるべきでと考えられるという基本的な立場を取っています。これは今後の調査の可能性を残しているということ。
 そして尊厳を持って取り扱うということで人骨が発見された近くに保管施設を作るという決断をしたわけです。2001年に中間報告を出して、翌年にその方針に従って御影石造りの納骨施設を作り、桐箱に入れて保管するということ。きちんとプレートを横に張ってあります。「この地には昭和20年まで旧陸軍軍医学校があり、平成元年7月に戸山研究庁舎の工事に際し当校の標本などに由来すると推測される多数の人骨が出土した。ここに、これらの死没者の方々に心から弔意を表する」。

発掘調査が実施される

 その後、軍医学校の元看護師石井十世さんの証言が出てきました。防疫研究室の裏手に人体標本が埋まっているという話を聞いたという証言を始めました。われわれも動いて、郡和子衆議院議員に国会質問をしてもらい、川崎二郎厚労大臣に要請しました。石井さんの証言に基づく発掘調査では遺品はあったものの遺骨は発見されず空振りに終わりましたが、私たちは意味があったと思っています。

第3の矢は原発と軍事
懸念される学術界取り込み

 80年の後半から90年代、戦後補償の問題というのは非常に盛り上がりました。きっかけは慰安婦の方が直接名乗り出たということが非常に大きかったです。こういう生きている人間を物証という言い方はどうかと思いますが、非常に変な言い方をすれば歴史のある意味一級資料です。人骨もまさにそれで人骨というもの自体が歴史を語る重みがあると思います。
 われわれも遺骨と呼ぶようになりました。やはり人骨という単なる物証ではなくて、それはもともと生きている方だったわけです。そこは厚労省の方も思いは共通するものがあるのです。だから弔意を持って保管するという形になっているわけです。
 人骨と30年近く付き合う中で、われわれの意識も少し進んできました。被害者の救済というのはもう間に合わないかもしれない。当事者がどんどん亡くなっている状況で。それから戦後補償裁判は全部日本の政府の方は切るという方針で固まっているので日本の政府は動かない。
 ですから被害者は今、中国の人は中国政府、あるいは韓国の人は韓国政府にと、裁判も始まっています。勝訴しても日本の政府はそれで払う意思がない。企業の一部には和解交渉というものがありますが、なかなか包括的な解決は難しい。
 被害者の救済がされないままに終わって、それで終わりでいいのかと言うと、今はもはや世界遺産につながるような遺跡の問題として扱う。これはこれからの問題としてやっていけるのではないかという見通しを持っています。実際に中国では731部隊の部隊跡を世界遺産に、という運動も日中両方の協力で進めていますし、中国側ではそのための整備、それから研究も進んでいます。

憲法守る、研究者支援する

 新宿区大久保は陸軍立研究所がありました。まさに国、陸軍が民間研究者も科学者も取り込む形で科学戦、総力戦を進めていったわけです。いつの間にか知らないうちに、今また防衛省が進めている。アベノミクスの第3の矢は結局それです。原発と軍事です。学術界が国からの圧力にどこまで抵抗できるか。
 平和憲法を守る、それを進めるという意識の下に軍事研究にはなるべく加担しない。なるべくというのはたとえばコンピューターのように民間技術と軍事技術が重なっているものもあり、完全に白というわけにはいかない。ただそれをどこで区別するか。防衛省予算でやるか、民間予算あるいは教育予算でやるかというところで線を引くしかないだろうということです。開発した技術は結果的に軍事に利用される。それをどこまで拒否できるのか。誘惑に勝てるのか。
 研究者が誘惑に勝つためには、われわれがそういうものをきちんと支援していくことが重要な課題になっていくのではという気します。

沖縄と日本を考える

沖縄タイムス東京支社報道部 宮城栄作部長

我慢は限界を超えた
やまぬ事件、事故に抗議頻発

 5月19日、ケネス・フランクリンという元海兵隊員で、嘉手納基地で働いていた軍属の容疑者が逮捕されました。4月28日からうるま市に住む20歳の女性が行方不明になり、警察が調べた結果この軍属が浮上してきたわけですけれども、捕まえて以降、強姦(ごうかん)目的で連れ去っている。かなりむごいやり方で殺されている。今、裁判などの手続きが進められているところです。日本政府の対応はやっぱり早かったと思います。当然のことだとは思うのですが、深夜にケネディ大使を呼び出して抗議をしたり、防衛大臣のドーランという在日米軍の司令官を呼び出して抗議をしたりというようなことをやっています。サミットがあって早く鎮静化したいという思惑があったのは新聞報道、外務官僚、鑑定筋からの話を聞いても明らかです。国民が日米地位協定の改定で沸騰するのを抑えたいという思惑があったと思っています。
 沖縄でもすぐニコルソン司令官が副知事を訪ねて謝罪しております。このときに、彼はアメリカ軍人ではないし軍に直接雇われている者でもないと、自分たちが責任を取るのはいかにも理不尽だと、自分たちも被害者だというスタンスの発言をしているのでそれでまた県民感情が、怒りが沸き起こるということがありました。その20日以降こういう形で抗議行動が各地で頻発するようになります。

ヘリ基地反対運動は2年超

 名護ではこの女性の友人たちが集まった告別式があったり、特に女性団体が抗議活動の中でも大きな役割を果たしているわけですけれども、標的は私だったかもしれないということで抗議の声明を出したりとかしています。1995年に少女暴行事件があって真っ先に立ち上がったのが女性たちです。今回も同じように、またかと。絶対こういう性暴力は許さないのだという声を強く上げるようになっています。
 辺野古の新基地が作られようとしている辺りではもう2年以上にわたってゲート前で抗議活動が続いております。ヘリ基地反対協はもう20年前からずっと抗議の声を上げ続けているのです。那覇から行けば1時間半はかかりますし、遠いところで駐車場もあまりないようなところですが、毎朝100人、200人、多いときで500人と集まってきて連日この搬入を防ごうという努力を重ねている。今、工事は中断していますが、抗議をずっと続けているという形です。

重い負担が20年も
「米軍抑止力」固執する政府

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市街地が隣接する普天間基地

 普天間返還の合意をしたときの国防長官のペリー長官はインタビューで、まさか沖縄に負担が20年も続いているとは思わなかった。沖縄が無理ならさっさと見直すべきだと答えています。国防次官補も務めたハーバード大学のジョセフ・ナイ教授は、中国の弾道ミサイルの開発で沖縄の基地の脆弱性が増していると言っています。特に最近は中国のミサイル開発技術が高まっているので沖縄への集中はむしろアメリカにとっては脆弱だと。「卵を一つの籠にまとめて入れておけばすべて割れるリスクが高まる」と言い基地の沖縄での集中に対して懸念を表明しています。
 沖縄は海兵隊がいなくなったとしても、空軍、陸軍、海軍があって日米の、あるいは日本の防衛のために必要とされるアメリカ軍についてはまだ十分な数が残るわけです。沖縄に74%の専用施設があり、普天間が無条件で返ってきても72%にしかなりません。過重な負担は続いているわけです。海兵隊がいなくなったら抑止力は損なわれると日本政府も言いますが、森本敏元防衛大臣でも、沖縄である必要はないと言ってみたり、元外交官の岡本行夫さんも同じようなことを言うわけです。日米の専門家の中で辺野古が唯一だと言い続けている人はそんなに多くないと思います。ジョージワシントン大学のマイク・モチヅキさんという安全保障の専門家が去年日本記者クラブで講演した時、辺野古が唯一の道じゃないと分かっている専門家は彼が知っている中でも多くいるのだが、政権を忖度(そんたく)して言わない、ぜひ表で言ってほしいとを言っているわけです。
 多様な意見があるのに固執しているのが日本政府というのが現状だと思います。

オールJで解決策を
米と一体で沖縄攻める国

 沖縄への過重な基地負担が日米安保の根幹を揺るがす要因になっています。こういう安定しないままの状況でいいのかということを考えるのが沖縄の人だけではなく、日本国民全体が考えるべき話であってカッコ付きの沖縄問題ではないと思っています。そうするとそれを変えるのは誰かというと、やはり地位協定の改定についても、これは日本本土で米兵が事件を起こしても同じように適用されますので主権がへこんでいる状況を変えていくのは主権国家の主権者たるわれわれ国民だと思います。
 へこんでいる状況を戻していく、それはわれわれのなすべき国民の義務であり、守られるべき権利ではないかと思っています。現状では、今は裁判も取りやめて協議しなさいと裁判所からも言われております。それで国地方係争処理委員会も6月にこの辺野古の新基地をめぐって、結論を出しませんという結論を出しました。出さないで協議しなさいと話しています。
 高等裁判所の判事も本来なら沖縄と日本がオールジャパンとなって解決策を模索すべきで、それで新たな解決策を模索してアメリカに要求していけばアメリカも応じていくという機運ができるだろうと和解勧告案の中で言っています。今は逆でアメリカと一体となって沖縄に向かっているのが日本政府です。ただ、そういう日本政府に対して裁判所も地方係争処理委員会も政府がやっていることはおかしいということを暗に示している判断だと思われます。
 この問題はずっと長く続くと思います。われわれ国民として、あるいは主権者としてあるべき日本を考えながら、日本のあるべき安全保障を考えながら唯一の解決策とか唯一の道だということにだまされないでしっかり視野を広げて政治を見て政治に参画していくことが大事だろうと思っております。

地位協定見直しを
ぬぐえぬ犯罪誘発への疑念

 沖縄が地位協定を変えてほしいといっているのは、地位協定で米軍が特権で守られているという意識が、その犯罪の温床になっているのではないかという疑念がぬぐえないからです。
 地位協定の特権的な地位は、米兵が公務中であれば1次裁判権は自動的に米軍側に移ります。公務外であった場合は日本に裁判権がありますが、米軍が基地の中に逃げ込んでしまい日本側に身柄がない場合、米軍の好意的な配慮によって捜査に協力するということで十分な取り調べができないこともあります。あるいはもっとひどいと思っているのは、地位協定の前の行政協定のときに日本側は著しく日本にとって重大事件でない限り裁判権を行使することはないと日米合同委員会で約束しています。要するに非常に重要でない限り裁判権を日本は放棄しますということを上のレベルで認めてしまっているわけです。本当にこれが主権国家なのかというのはあらためて思うわけです。
 そういうことがあるのでアメリカ軍は基地に逃げ込んでしまえば逮捕もされないという認識があるのではないか、それが犯罪を引き起こす一つの誘因というか。それがあるから誘因というわけではないですけれども捕まらないと。軍法会議で裁判するのだから日本で裁判するよりは重い判決が出ないかもしれないという認識があるかもしれないといわれています。

米兵犯罪復帰後だけで約6千件

 沖縄人が罪を犯してはアメリカの軍法会議にかけられる場合、弁護士の接見もないというかたちで裁判をされてきた歴史があります。だから沖縄の人たちにとっては過去の歴史的経緯を踏まえ、占領意識があるからこそ横暴に振舞うのではないのかということが歴史の中で積み重なってきた認識です。それを復帰以降も同じような地位協定が適用されて基地の集中がある故に犯罪が起こる、実数は減っていても対応としてはやはり多いわけですから、元凶は地位協定なのではというのが一般に認識されています。
 犯罪の多さで言うと復帰後だけでも米兵による事件は5900件起こっています。その中で凶悪犯罪、殺人、強姦、放火、強盗というと574件起こっております。強姦事件だけで見ても131件あるわけです。特に女性への性暴力についてはなかなか露見しない。131件の下にはもっと見えない性犯罪、性暴力はあるだろうといわれております。

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